田万川のみどころ

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No みどころ写真 みどころ名称・内容
1 海水浴場・たまがわ温泉・オートキャンプ場・RVパーク 海水浴場・たまがわ温泉・オートキャンプ場・RVパーク
温泉とオートキャンプ場は隣接しています。 また、海水浴場まではわずか200mほど。 毎年多くの方がご利用され好評です。
2 たまがわ夏まつり たまがわ夏まつり
毎年8月25日夕方より開催される地元の夏まつりです。
地元芸能中心のプログラムです。
まつりの最後を締めくくるのは約2,000 発の花火です。
花火をセットした海上の台船は祭り会場から目と鼻の先。毎年大好評です。
3 玄武岩柱状節理(龍鱗郷) 玄武岩柱状節理(龍鱗郷)
【山口県指定天然記念物】
上小川東分上野原から田添へ向かう農道の開削中に玄武岩の柱状節理がおよそ100m四方にわたって表出、 田万川町(萩市へ合併前)の新名所となった。
「龍鱗郷」とは地元の中学生が命名したもので、まさに龍の背の鱗のさまに似ている。
上野原南端にあるが、近くには上野原灌漑用の用水ポンプや新田添橋、ほたる飛び交う里、田添に近い。 田万川カルデラの活動が本格的に始まったのは、第三紀の古第三紀、始新世から漸新世にかけてであるが、 第四紀の更新世後期(約40万年前)、福賀(阿武町)のイラオ山が噴火して、大量の玄武岩質溶岩Abb を噴出した。 その流路は、弥富の見坂→弥富下の峠→下畑→大野と、ほぼ現在の河川を伝って、 鈴野川の大原→小川の田添上→上野原→友信・原山方面へ流れ下った。畳ヶ淵、 上野原台の柱状節理が生まれたのはこのときである。

注)柱状節理 高熱の溶岩やマグマが水などによって急冷されると、その岩石特有の結晶ができる。特 に高熱の玄武岩が水中に入り、急冷固結すると、柱状の節理(多角形)ができ、柱間に切 れ目が生じる。この現象を玄武岩柱状節理という。
(田万川町史より抜粋)
4 西堂寺六角堂 西堂寺六角堂
[宗派]:曹洞宗 [本尊]:薬師如来 [本寺]:須佐町 大薀寺
[本堂]:六間半〜五間、明治九年(1876)再建
[地蔵堂]:六角堂ともいい、元禄九年(1696)に四角から六角円堂に再建される。
[鐘楼門]:三間〜二間半 建立年月日不明、両脇の仁王像の作成年代不明
[沿革]:開基は妙清尼といい、鍋山長者の妻で、応永年間(1394〜1428)に、江崎湾の海岸から出現した 地蔵尊を湾内の岩内の岩上に御堂を建てそこへ安置したことからはじまり、はじめは済度寺(さいどじ)と いっていたが、いつのころからか西堂寺(さいどうじ)とよみ書きするようになった。地蔵堂は六角堂とも呼 ばれ、当初から六角であったかどうか、確実な資料に欠ける。「防長寺社由来」の寛保元年(1741)九月付 けに、
一、 本堂弐間半六角弐間半之廻り縁外作
一、 寺弐間半四間、仏壇ノ前四畳半茶ノ間四畳半、半間之縁長三間余、同勝手長四畳、外ニ押入有之 候事
とあり、当時は本堂が即地蔵堂であり、このことから判断して元禄九年の再建時に、地蔵堂(本堂)が六角 円堂に仕立てられたと考えられる。開山は、大蘊寺六世傑山文英大和尚(元禄六年五月二三日寂)である。
山口県教育委員会は、昭和56 年(1981)12 月11 日西堂寺六角堂を、山口県指定有形文化財(建造物) に指定した。そして昭和58,59 年度の2 ヵ年にわたり、山口県と田万川町の補助を受けて、一部解体修理 工事を行った。往時、毎年9 月24 日に地蔵まつりが行われていたが、現在では8 月24、25 日の2日間、 町内外から多数の参拝者でにぎわいをみせている。六角堂の隣の現在の本堂は、 嘉永年間(1848〜1853)に火災により焼失したため、明治9 年(1876)に再建し現在に至っているものである。
(田万川町史より抜粋)
5 田添のほたる他 田添のほたる他
近年ずいぶんと蛍の数が増えてきました。 見ごろは6月初旬から7月初旬といったところでしょうか。 時間的には夜8時過ぎから1時間程度といったところでしょうか。 川沿いであれば特にポイントを絞ることなくあちらこちらで目にすることができます。
6 平山台まつり 平山台まつり
平山台果樹生産組合が主催 〜 まるかじり平山台!
ご自慢の「なし」「りんご」「くり」「ぶどう」 〜採れたばかりの果樹。 甘味ばつぐん!
毎年、ぷちイベントも思考をこらしています。お楽しみください。
《開催日時》
10月後半の土曜日。午前10時〜午後3時まで。
《ところ》
平山台駐車場。
※雨天の場合:小川果樹選果場とします。
お問合せ:JAあぶらんど萩小川支所08387-4-0311